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飢饉時の食糧対策

この時代の1763年には日本へ赴いた朝鮮通信使がサツマイモを持ち帰っており、飢饉時の食糧対策として取り入れられた。英祖の晩年になると、水面下で行われていた党争は再び表面に現れて来る。英祖の治世期間は52年と非常に長く、次代の正祖の時代に入ると新たな局面を迎える。謀殺された荘献世子の息子であった正祖は、..
update:2009年08月23日
【日本のことわざ】
貧の盗みに恋の歌